千葉一宮簡易裁判所 平成10年(ろ)3号 判決 1999年6月23日
主文
一 被告人を罰金五〇万円に処する。
二 右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
三 被告人に対し、選挙権及び被選挙権を有しない期間を短縮し、これを三年とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、平成一〇年三月一日施行の千葉県夷隅郡御宿町町長選挙に立候補する決意を有していたものであるが、法定の除外事由がないのに、別紙一覧表記載のとおり、同九年一二月上旬ころから同月下旬ころまでの間、前後九二回にわたり同町岩和田九四九番地鈴木道広方ほか九一か所において、当該選挙の行われる区域内に居住し、または、勤務する鈴木〓代ほか九一名に対し、同一覧表「寄付の態様」欄記載のとおり、交付若しくは同町須賀四四九番地御宿郵便局から郵送する方法等により、ビール券五枚(合計四六〇枚、時価合計三三万七六四〇円相当)を各供与し、寄付をしたものである。
(証拠の標目)省略
(弁護人及び被告人の無罪の主張に対する判断)
弁護人及び被告人は、1 選挙権を有しない者への寄付は、構成要件に該当しないこと、2 本件の寄付は、被告人が退職する際一定の金銭を報賞金ないし餞別として贈与され、その返礼としてなされたもので、これは、当然の儀礼であり、御宿町地方においては、慣行として謝礼が必然的に伴うものであり、義務的要素を持ち、選挙とは無関係になされ、被告人の公職選挙法(以下「法」という)に違反するという意識もなく、したがって、本件の被告人の行為は、法一九九条の二第一項にいう寄付行為に当たらず、また該当するとしても犯意がないとして無罪を主張するので、この点を判断する。
まず、法一九九条の二第一項中の「当該選挙区内にある者」は、その数度に亘る法改正の経緯、地盤培養行為は選挙権、被選挙権の有無にかかわらず可能であることなどを考慮すると、本件の如き当該選挙区内に勤務先がある者も含むと解すべきであり、この点に関する弁護人の主張は、採用できない。
次に、本件の謝礼行為が義務的要素を持つとしても、徳義上の義務に止まり、法律上の義務の履行、すなわち債務の弁済とまで断ずることは困難で、この点に関する主張も、採用できない。
さらに、本件違反行為が成立するための故意としては、「公職の候補者になろうとする者」の認識、当該寄付の相手が「当該選挙区内にある者」である認識、一定の除外事由のない寄付であることの認識は要すると解すべきであるが、これを越えて「当該寄付が選挙に関する」寄付である認識までは必要とせず、この点に関する弁護人及び被告人の主張も、採用できない。
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、包括して公職選挙法一九九条の二第一項に違反し、同法第二四九条の二第三項に該当するので、所定金額の範囲内で被告人を罰金五〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により、金五〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置することとし、公職選挙法二五二条一項、同条四項を適用して、被告人に対し、選挙権及び被選挙権を有しない期間を三年に短縮する。
(量刑の事情)
本件は、被告人が長年勤務した町役場を退職する際一定の金銭を報賞金ないし餞別として贈与され、これまでの謝恩ないしその返礼としてビール券五枚を九二人の役場職員に渡した事案であるが、右の行為が単なる退職に伴うものであるならば、儀礼を尽くしたとして、一定の評価を得るところであるが、町長選に立候補する意思を表明したのちであること、選挙事務についての責任者であった経験を有すること、挨拶状については、他に問い合わせたことがあることなどを考慮すると、単純に儀礼的行為として看過することはできず、公職選挙法違反として問題とせざるを得ない。また、選挙事務についての責任者であった経験を有すること、町長になろうとする者であることを考慮すると、謝恩ないし返礼の慣行は、選挙がからむ事態においては、その認識がなくても、不適当な慣行として、これを是正すべく指導ないしリーダーシップをとるべき立場にあったと見ることもでき、民主主義の根幹をなす選挙に対する認識において厳しさが不十分であったことは、非難を受けても止むを得ないところである。
一方、被告人が三八年間町政に尽くし、地方公務員として十分な実績を挙げてきたことは評価できるところであり、前科前歴等もなく、本件の行為が儀礼上の評価を得る行為であることを含んでいることなど被告人に有利な事情も認められるところであるが、これらの事情を斟酌しても、主文の量刑ないし公民権停止の判断は止むを得ないものとした次第である。
よって、主文のとおり判決する。
(別紙省略)